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2010年12月11日 (土)

戯作の心 no.45

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no.45

「うつくしく、やさしく、おろかなり 私の惚れた「江戸」杉浦日向子」杉浦日向子著

「(本文より)江戸戯作の嚆矢と目される作者、平賀源内は、人の一生を、「寐れば起き、おきれば寐、喰ふて糞して快美て、死ぬまで活きる命」(『萎陰隠逸伝』)と、情け容赦、アラレもなく、バッサリ一刀の下に、斬り捨てています。
 眠れば夢に遊び、醒めては世知辛い現実に嘆息を繰り返し、にこにこ食べては、しかめ面で排便し、たまの夜には一瞬のはかない極楽を味わい、そんなこんなで、ふと死ぬその日まで、お目出度くも生きているのよ。
 これが、泰平の逸民を自負する、「江戸人」の眼差しです。
 恐ろしくドライな、呆れ返る程、あっけらかんとした、身も蓋もない、ブッチギリの明るい諦感ではありませんか。
 クラクラむせかえる、プワゾン(毒)の香りがします。
 うかうかと、これにハマったらアブナイよ、という危惧から、江戸戯作が、長らく「要注意物件」として封印されていたのかもしれません。
 未来に希望を持たず、さりとて、現実に絶望もせず、あるがままを、ありのまま、丸ごと享受して、すべて世と、命運を共にしようという、図太い肯定の覚悟が、戯作にはあります。」

外に出ると、ばったり知っている人に会うのが、億劫だったりする。
それは、今の自分がどうも不安だったり、自信が無かったりなどの理由からだ。

そういう時に、今日紹介したような江戸人の心意気というものに触れると、とても救われる。もちろん、この戯作の様には100%生きられませんが…その様に生きる為には、「図太い覚悟の肯定」が必要なのである。

この一文良いですね「未来に希望を持たず、さりとて、現実に絶望もせず、あるがままを、ありのまま、丸ごと享受して、すべて世と、命運を共にしようという、図太い肯定の覚悟が、戯作にはあります。」

なかなか、人生肯定的に生きられないことが多いけど、「図太い肯定の覚悟」を頭の隅に入れておきたい。

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