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2010年10月25日 (月)

日々を大事に no.11

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no.11

「逝きし世の面影 第六章 労働と体力」渡辺京二著

「(本文より)明治五(一八七二)年から四年間在日したブスケは、日本人の勤労のエートスについて次のよな評価を下している。「日本人の働き手、すなわち野良仕事をする人や都会の労働者は一般に聡明であり、器用であり、性質がやさしく、また陽気でさえあり、多くの文明国での同じ境遇にある大部分の人より確かにつきあいよい。彼は勤勉というより活動的であり、精力的というより我慢強い。日常の糧を得るのに直接必要な仕事をあまり文句も言わずに果たしている。しかし彼らの努力はそこで止る。……必要な物はもつが、余計なものを得ようとは思わない。大きい利益のために疲れ果てるまで苦労しようとはしないし、一つの仕事を早く終えて、もう一つの仕事にとりかかろうとも決してしない。一人の労働者に何かの仕事を命じて見給え。彼は必要以上の時間を要求するだろう。注文を取り消すと言って脅して見給え。彼は自分がうけてよいと思う以上の疲労に身をさらすよりも、その仕事を放棄するだろう。どこかの仕事場に入って見給え。ひとは煙草をふかし、笑い、しゃべっている。時々槌をふるい、石をもちあげ、次いでどういう風に仕事にとりかかるかを論じ、それから再び始める。日が落ち、ついに時間がくる。さあこれで一日の終わりだ。仕事を休むために常に口実が用意されている。暑さ、寒さ、雨、それから特に祭である。……一家を支えるにはほんの僅かしかいらない」。

日本人は今も昔も勤勉である。

が、現代と当時のなにが違うかというと、当時は勤勉だけれども必要以上の利益/モノは得ようとしなかった。だから、近代的工業が発達していた外国人から見れば、日本は遅れをとっていただろうし、煙草なんか吸ってサボっているようにも見える。
ただ、当時の日本人にすれば、右肩上がりなどというものに重点を置いていなかった。右肩上がりよりも日々同じ様に生きられることのほうが大事だったのである。人生で充実した時間をどれだけ過ごせるか?明日も今日と同じ様に、来年が今年と同じ様に生きられるように…。と。

現代に目を向けると、勤勉だけれども利益を得るために必死である。
勤勉であるが故に頑張る。頑張りすぎると疲労が溜まる。…現代は怖いくらい不健康社会だと感じる。国民が健康でなければ国が健康なはずがない。このまま行ったら危険だと感じる。

そろそろ右肩上がりより、日々大事に生きられることに目を向けてもいい気がする。


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